お侍様 小劇場 extra

   “爽籟 来たりて” 〜寵猫抄より


陽がよく照っての小春日和…
どころじゃあないほどの気温になって、
思わず“夏か”と
天へ恨めしげな眸を向けた人もあったほどの、
今年の秋もまた やっぱり気まぐれで。

 “朝晩に冷え込むだけだったのが、
  今日はずっと肌寒いんだものなぁ。”

ほんの昨日一昨日、
真夏日に届きそうなほどの暑さを記録したものが、
一転、今日は明け方から随分と冷え込んだ。
放射冷却とやらのせいもあったが、
大陸からの北よりの風が吹き込んだせいらしく。
壮年だというのが信じられぬほど屈強精悍な体躯をし、
気概もろともにずんと頑健でおわす御主様、
実は微妙に寒さに弱いお人でもあるがため。
今朝の寒さを眠りながらも拾ったものか、
朝食の支度にと先に寝台から出かかった七郎次を、
大きな手で引き留めての、
抱き枕よろしく懐ろへと掻い込み直したほどであり。

 “驚いたけれど、
  何だか可愛いなぁなんて思いもして
  ……いやいや、あのその。////////”

何しろ、朝っぱらから雄々しい双腕へと掻い込まれたワケで。
有無をも言わさずという強引さには、
勝手な振る舞いを叱られるかとドキドキし、
ああ何だ、まだ眠っておいでかと、ホッとしたその途端、
今度は、肌へぎゅうぎゅうと接している
暖かで頼もしい肉感に気がついて。

 『あ……。/////////』

いかにも男性のそれ、
それは好もしい匂いと温みとにくるまれて。
寝ぼけていた勘兵衛とは逆に、
こちらはドキドキからバッチリ目が冴えてしまい。
どうやって抜け出そうか、
いやいや もうちょっとこのままで居ようかななんて、
朝一番から そんなときめきをいただいてしまったものだから。

 「にゃうみぃ。」
 「にぃみぃ。」

資料整理にと引っ張り出してた
ノートPCにも気もそぞろで触れぬままだし、
それより何より、
ラグの上へと直に座っておいでのそのお膝のすぐ傍らで、
小さな家人らが組んずほぐれず、
絡まり合うよにじゃれあってる愛らしさにも、
うっかりと気づいていなかったりしている迂闊さよ。
片やはふんわりモヘアのような綿毛に総身をおおわれている、
お耳の大きい、キャラメル色したメインクーンの久蔵くん。
まだまだ仔猫ゆえの真ん丸なお顔に、
お鼻の回りへきゅうと集まった、
潤みの強いお眸々や小さなお口の醸す、
(いとけな)くもあどけない表情がまた、
得も言われず愛らしく。
胸元には一際盛り上がった白い毛並みが
アスコットタイみたいでちょっぴりおしゃれ。
時に後脚だけで立ち上がっての、
寸の詰まった小さな前脚をえいえいと持ち上げ、
向かい合う弟分と そりゃあ無邪気にじゃれ合っており。
弟分は弟分で、クロという名の、
こちらはもっと小さな黒猫の仔であり。
どこやらから迷い込んだ身でありながらも、
綺麗な毛並みはなめらかなビロウドのように質もよく。
警戒心もないものか、最初っから人懐っこくて大人しく、
金の鈴を思わせる大きな双眸も、
今はまだお顔との対比が大きいせいだろか、
瞬く様さえ ただただ愛らしくって。
ずっとずっと見ていて見飽きぬ、
ちんまりとした仕草が愛しいばかり。
サイドチェストのガラス扉に映り込む和子たちは、
微妙な大小があるにはあるものの、
じゃれ合う姿の幼さでは、どっちもどっちな仔猫同士。
どっちが先にちょっかい出したか、
最初のうちは、
幾つも出したスポンジボールをそれぞれで構っていたものが、
同じのへと出した手が重なっての、
ボクんだ・ボクのよと引き合いになり。
そんな引っ張りっこが楽しくての興に乗り、
お互いへとちょいちょいと手を出しての押し合いへし合いが。
双方ともに後足立ちになっての、
取っ組み合いの真似へまで発展しつつあって。

 「………あ、こら。何してるのかな。」

そんな二人だが、
七郎次には
久蔵のほうが小さな坊やに見えているものだから。
黒猫さんをやや強引に掻い込んでの、
無理強いして抱っこに持っていこうと
しているよにも見えかねず。

 “あ、えっとえっと。”

いかんいかん、実際とは大きさの対比が違うんだと、
はっとして辺りを見回し、
サイドチェストの扉に映る二人を確認。
なぁんだ、ふざけてじゃれてるだけなんだと、
やっとホッとしているというのが、
いちいち ややこしいことじゃああるが。

 「〜〜〜〜〜vv」

口許を白い両手でぱふりと押さえるところは、
何か頬張ったときの坊やの真似じゃあありませんで。
口許が異様にほころんでしまうのを必死で隠す悪あがき。
そんなことをしたって、
その上へ覗く双眸がありありとたわんでいては意味がなく。
仔猫の姿の久蔵もまた、そりゃあそりゃあ可愛らしいの、
いやまったく困ったもんだねぇなんて言って、
しっかりやに下がってるおっ母様なので、
はっきり言って同情するには至りませんで。(大笑)

 「にゃにゃっ♪」
 「みぃにゃvv」

いよいよ絡まったか、一緒くたになってのごろんごろんと、
ラグの端っこまでを転がってく2匹を目で追っておれば。

 「…にゃ?」

そこから何が見えたやら、
まずはクロちゃんの方が、
何へか視線を留めたまま、よいちょよいちょと、
フローリングに足を取られての
半ばすべりつつも何とか自力で立ち上がり。
最初の数歩、やはりつるりとすべりかかりつつも、
大きな掃き出し窓へと駆けてゆき。

 「みゅうにゃ?」

そんなクロちゃんの動作に釣られ、
久蔵坊やのほうも、遅ればせながら身を起こすと、
よいちょよいちょと後を追う。
仔猫の姿だと結構な素早さ軽やかさだが、
5歳児くらいの坊やの姿では、どこか覚束ない。
お膝をあんまり使わずの、
とたとたという勢いつけての駆け足となり。
遅れて追いついたは、
やはりお庭を見渡せる大きい掃き出し窓の前。
夏場に比べると、
お天道様もその高度が低まってしまったものの、
広い庭には障害物などないがため、
何に遮られるということもなく、
冬場の陽射しも余裕でリビングの奥へまで躍り込む。
小さな坊やとその傍らにちょこり座った仔猫さんの落とす影が、
フローリングの上へ甘い淡色になって伸びており。

 「何か見えるのかな?」

さして急ぐ仕事じゃ無しと、結局PCを閉じてしまい、
おちびさんたちの傍らへ、自分も立って行った七郎次。
前に住んでた人たちは よほどに木々がお好きだったか、
物干し回りや庭の真ん中には芝が広々張られているが、
それらを縁取る部分や、家の棟の周縁、
はたまた裏庭や蔵へと続く飛石沿いなどへは、
様々な種類の樹々での茂みや木立ちが設けられており。
四季折々、その移り変わりに合わせての、
花や紅葉が眺められるようになっている。
新しい顔、キンモクセイが香っていたのも今は薄れて、
茶室のある中庭の古い楓が見事な紅色に染まっており。
こちらの庭側では、
生け垣のドウダンツツジが
やはり真っ赤になっているのが望める。
どこか遠くのお庭に遊びに来たものか、
ヒタキかヒワの声もして。
透明感の増した空の下に ぽつりと居残された、
木守りの柿の実の橙色が何とも鮮やか。

 「にゃあにゃ。」

そんなこんなを眺めておれば、
同じ方を見ていたはずの仔猫さんたち、
だがだが視線はもっと下だったようで。
ポーチの縁へと居並んだ、大小4つのカボチャのランタンを、
窓ガラスに頬をくっつつけまでして熱心に眺めておいで。
毎年の恒例、10月最後の晩のハロウィン由来の飾り物、
カボチャを刳り貫いて
横っ腹に顔を彫った“ジャック・オ・ランタン”を、
家族の数だけ並べておいで。
勿論、七郎次のお手製であり、
何であんなところにそういうものを並べるものか、
果たしてどこまで判っておいでやら。
暖かだった昨日なぞ、
クロちゃんと二人掛かりで中へともぐり込んでの、
丁度いい“かくれんぼ”状態。
七郎次が通りすがると息をひそめて、
頭の先が見えぬよう深々ともぐり込み、
通過し切ると
顔を出しての“くふふvv”と微笑う…を
繰り返していたけれど。

 『くぉおら。』
 『みゃっ!』 『なぁっ!』

それで誤魔化せたと思ったかと、
きっちり気づいていたおっ母様に捕まり、
カボチャ色に手足を染めてたちびさん二人、
あっさり捕まり、バスルームへ直行と相なったのにね。

 「ま〜だ、懲りてないみたいだの。」
 「そうみたいですねぇ。」

執筆の息抜きか、
書斎から出ておいでのまんま足を運んで来たらしい勘兵衛が、
家人がそろって窓辺へ張りついている図へと
苦笑しいしい入っておいで。
にゃvvと まずは久蔵が気づいての満面の笑みを見せ、
その傍らからクロちゃんが、
小さな手足をぱたたと弾ませ、
素早く駆け寄る人気っぷりのせんせえであり。
あ・ずるいにゃとでも言ってるものか、
久蔵もまたとたとたと後から駆け寄るの、
身を少しかがめて受け止めた、
秋の枯葉色カーディガン姿の島谷せんせえ。
二匹のちびさんたちを軽々と抱え、
目の摘んだ生地のズボンも早めに出してくれていた
恋女房殿のところまで歩みを運ぶと、

 「今日はまた、この時間でも冷え込むの。」
 「そうですねぇ。」

書斎はいかがです? 何ならパネルヒーターを出しますがと、
豊かな髪やら髭やらが暖かそうな印象なのに、
実はやっぱり寒がりな主人を気遣えば。
いやまだそれは早かろと、鷹揚にかぶりを振ったくせに。
そろりと身を寄せ、
空いてた手は向こう側の肩へという寄り添いよう。
途端に、あやや//////と素直に含羞み、
口許をうにむにと落ち着きなく震わせる七郎次だったのへ。

 「にゃう?」
 「みぃ?」

小さな家族のおちびさん二人、
甘い甘い いいによいがするのへと、
やっぱり“くふふvv”とお顔を見合わせたのでした。

  少しずつ忍び寄るのは、
  寒い寒い冬へのいざないと それから………






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  *何てことない秋の午後一景…で
   終わる予定ではありませんで。
   もちょっとほど続きますので、どうかお付き合いを。


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